2025.4.20

いまや誰もが当たり前に利用しているインターネット。だが、そんなインターネットの存在がもしかしたらその人の歴史や社会に、大きく関わっている可能性があるかもしれない…。この連載では、さまざまな方面で活躍する方のこれまでの歴史についてインタビューしながら「インターネット」との関わりについて紐解く。いま活躍するあの人は、いったいどんな軌跡を、インターネットとともに歩んできたのだろう?
「〇〇のオールナイトニッポン!」というタイトルコールとともに、テーマソング『ビタースウィート・サンバ』が流れる。日本の深夜を長年彩る、いわずと知れたラジオ番組『オールナイトニッポン』の冒頭である。1967年10月2日の番組開始から今年で58年。有楽町・ニッポン放送より時代のアイコンであるパーソナリティたちが、生の声を届けつづけてきた。
そんなオールナイトニッポンで現在、統括プロデューサーを務めるのが冨山雄一さん。2025年2月に発売した著書『今、ラジオ全盛期。静かな熱狂を生むコンテンツ戦略』(2025年、クロスメディア・パブリッシング)でも触れているとおり、一度低迷したラジオ文化の復活を支えたのは、インターネットでのラジオ聴取を可能とした「radiko」だった。それ以外にも、2004年に社会人生活をスタートさせた冨山さんのキャリアとインターネットは、切っても切れない関係だ。
そこで今回は、冨山さんのインターネット史を中心に、radiko登場以前の面白いラジオ番組のディグリ方、これからの音声コンテンツに求められること、Podcastが「YouTube」に肉薄するキラーコンテンツになるために必要なことなどを伺った。

ーーー 冨山さんがはじめてインターネットに触れたのはいつでしたか。
はじめてインターネットに触れたのは、高校の情報の授業でしたね。「インターネットに繋いでみよう!」みたいな、ただインターネットに接続することを目的にした授業でした。
授業でアクセスしたサイトに、「オールナイトニッポン」のサイトがあったことを覚えています。ニッポン放送は、1999年にすでにホームページやアドレス、ドメインも作成していたんです。社会的にもいまほどインターネット環境が整っていなかったことを考えると、かなり先進的な取り組みだったなと。むしろ早すぎたぐらいかもしれませんが(笑)。
ーーー 学校の授業以外でも、インターネットに触れる機会はありましたか。
1つは携帯電話で、99年にできた「iモード」(※1)で色々なサイトを見ていました。もう1つは、大学1年生の頃に自分で作ったPCです。実家が墨田区で秋葉原が近かったので、PCのパーツを買いに行きやすかったんですよね。友達と部品を買いに行ったことも懐かしいです。
いまの若い人たちはご存知ないかもしれないですが、その頃は電話回線を使ってネットにアクセスすることが主流でした。それが1分単位の課金制でまあまあ高かったんですよね…。
ただ安く使う方法もあって、「テレホーダイ」(※2)を使うと23時以降は定額繋ぎ放題だったんです。なので、基本は23時以降に使うようにしていたんですけど、考えることはみんな同じで、23時ジャストに接続すると回線がめちゃくちゃ重い。だから、僕は22時59分に接続してました。1分だけお金が余分に発生するんですけど、そうすることで回線混雑を避けられたんです。
※1 用語「iモード」:1999年に開始した、NTTdocomoの携帯電話向けネットサービス。月額使用料を支払うことで、携帯電話を使ってメールやサイト閲覧等のインターネットサービスを楽しむことができた。2019年に新規申し込みを終了し、2026年にはサービス自体が終了する予定。
※2 用語「テレホーダイ」:1995年から2023年にかけて、NTTが提供していた通信サービス。固定電話にオプションとして追加することで、23時から翌8時までの時間帯に限り、あらかじめ指定した特定の電話番号への通話および通信料が定額となった。

ーーー 学生のときは、冨山さんの周りでもインターネット文化は発達していましたか?
高校生のときからPCを持っている人もいたので、発達していたのではないかなと思います。仲の良かった友人がNECのPC-98を持っていて、パソコンゲームを一緒にやった記憶があります。
あと、僕の年代ぐらいがちょうどインターネット就活の始まりなんですよ。いまだと就活サイトからエントリーするのが当たり前ですが、当時はネットが半分で、もう半分は紙のエントリーシートを書いて、郵送でエントリーという感じでした。「みんなの就職活動日記」(※3)というサイトがあって、そこで就活生が選考にまつわる情報交換もしていました。
それから、2ちゃんねるの日本の邦楽ロック板にあった「NUMBER GIRLスレッド」も思い出深いです。学生の頃NUMBER GIRLが大好きだったんですけど、2002年の9月に解散を発表したんです。当時大学3年生の僕は相当落ち込みました。その悲しみを同じ思いを持つみんなと共有したくて、スレッドに書き込んで、お互いに慰め合ったんです。それこそ、いまのラジオの感想をハッシュタグをつけて投稿する感覚に近しいものがあるかもしれないですね。
※3 用語「みんなの就職活動日記」:日本最大級の就活口コミサイト。1996年に当時の大学生が立ち上げた後、2004年に楽天に買収され、現在もその子会社が運営を務める。

ーーー 冨山さんとラジオの出会いについても伺いたいです。小さい頃からラジオが身近にあったのでしょうか?
小さい頃から、TBSラジオの『大沢悠里のゆうゆうワイド』が家の台所で流れていた記憶があります。
あとは野球中継でしょうか。僕が小学生の頃は、日本テレビで野球中継が放送されていたのですが、試合の途中でもテレビの枠の都合で、21時24分ぐらいで放送が終了してしまうんです。ただ、『ニッポン放送ショウアップナイター』では試合終了まで放送してくれる。なので、お風呂にある防水のラジオで、野球中継を聴くことが、父親の日課になってました。そんなふうに、小学生ぐらいから家でラジオが流れていることが日常でしたね。
そこから、中学生になって自分の部屋でラジオを聴き始めたことが、ラジオにのめり込んでいくキッカケです。当時、自分の部屋にはテレビがなかったので、自分がチョイスできるエンタメコンテンツがほぼない状態でした。一方でラジオは夜でもいろんな番組があるし、ザッピングすれば自分で自由にコンテンツが選べますよね。そこで文化放送やニッポン放送の22時台の番組を聴き始めました。
中学生のときって、学校、友人関係や将来のこととか、思春期特有のモヤモヤがあるじゃないですか。そのときにラジオを聴くと、理由は分からないんですけど気持ちが軽くなることがあったんです。一時的に現実逃避ができていたというか、塾や学校とは少し違う居場所にラジオがなっていた感覚ですね。

ーーー 当時はSNSもインターネットもない時代ですよね。そんなときに、どうやって面白い番組に出会っていたのかが気になります。
まずは新聞のラテ欄ですね。新聞といえばテレビ欄のイメージが強いかもしれませんが、実はラジオの番組表も載ってるんですよ。皆さんあまり見ないかもしれませんが、いまも載っています。
ただ、そこに書いてある情報って番組のタイトルぐらいなんですよね。誰が出ているのかも分からないまま、番組名だけを頼りに聴いてみるんです。いろいろ聴いていくうちに、「あ、このパーソナリティの話し方が好きだな」と感じることがあって、そうした直感を頼りに、自分に合う番組を探していきます。しっくりくる番組が見つかれば、来週も同じ時間に聴く。そんなふうにして、お気に入りの番組を見つけていましたね。
ーーー radikoがないので、聴き逃した番組を聴くことはかなり難しいですよね。同じ時間に同じ番組を聴いてる友達がいないとラジオの話もできなさそうです。
そうなんですよ。いまならXで話題になった回を後からでもradikoで聴くことができますけど、当時はその日限りなんですよね。なので、クラスにラジオ好きの友達がいて、「昨日のナイナイすげえ面白かったよね」と話しかけても、その子が寝落ちしてると、そこで会話が終わってしまうという…(笑)。
その頃はカセットテープも高かったので、毎週録音する番組はどうしても限られてくるし、ラジオを「誰かと共有する」という体験がすごく難しかったんです。そういう背景を踏まえると、オードリーの春日さんがラジオを録音して次の日に部室で友達と聴いてたという話は、本当にいい話だなと思えてきますね。

ーーー ラジオの聴取者数は、いまではタイムフリーの方が多いそうですね。タイムフリーはいつでも聴けるため「ストック型」のコンテンツに近い部分があると思いますが、そこから「リアルタイム視聴」に繋げるために、工夫していることがあれば教えてほしいです。
その質問は、「PodcastやYouTubeとラジオは何が違うのか?」という問いとも重なる部分があると思います。たとえば、Podcast番組は基本的に「収録番組」ですよね。その編集されたパッケージ感はポッドキャストの魅力の1つですが、ラジオの最大の魅力はやはり「生放送」にあるのではないかと。
少し話を広げますが、インターネットが爆発的に普及する前と後で、マスメディアのポジションが変わったと思っています。それまではテレビ、新聞、雑誌、ラジオのいわゆる4マスが情報発信の主軸でした。なので、日々のニュースから交通情報、音楽やファッション、カルチャーなどの流行もすべてこれらのメディアが発信源だったんです。
そこから、それら4マスの情報発信源としての役割は、インターネットの爆発的な普及に飲み込まれてしまいました。いまでは、天気や電車の遅延情報もネットで簡単に調べられます。つまり4マスと呼ばれるメディアは、単なる情報発信以上の価値を見出す必要に迫られたのです。とくにラジオは、インターネットの影響を大きく受けたメディアだったため、その変化にいち早く向き合うことを求められました。
ーーー 冨山さんが考えるラジオの優位性とはなんなのでしょうか。
「喜怒哀楽や気持ちを共有することができるメディア」という点だと思います。面白いことや笑えることもですけど、個人が抱える悲しみや辛さに寄り添ったり、共有したりできるメディアだなと。生放送中は、パーソナリティもリスナーも時間を一緒に過ごせることにラジオの優位性があると思うんです。生放送だからこそ、乱入者が入ってきたり、パーソナリティが突然重大発表をしたり、ハプニングが起きます。
リアルタイムでの聴取に繋げていくためには、そういうハプニングも含め、「その時間、その空間に私も立ち合いたい」と思ってもらえるような仕掛けを作ることが必要だと思いますね。

ーーー 音声コンテンツつながりで、Podcastの話も伺いたいです。先日、冨山さんが出演されたPodcastで、「Podcast界にもHIKAKINさんのようなスターが出てくれば間口がさらに拡大するのでは?」という話をされていましたよね。そのスターに必要な条件はなんだと思いますか。
先ほど触れたように、ラジオの優位性が「感情の共有」にシフトしていると考えると、Podcastはその反対で、情報系のコンテンツに強みがあると思います。実際、よく聴かれているPodcast番組のジャンルの1つは、専門性が高い情報系の番組だと思います。
他には、芸人さんがやっている番組も非常に強いです。まだ知名度の低い芸人さんが番組内で思いを吐き出し、それを原動力にして駆け上がっていく。その過程をリスナーが追いながら、人気が出ていく様子を見守ることができる。ある種のドキュメント番組のような楽しみ方ができることが魅力なのかなと。
Podcast界のスターに必要な条件としては、まだ世の中に見つかってない人や番組が突然爆発的な人気を博すみたいなことだと思うんです。そういった意味でPodcastは、ある観点から爆発を起こし得る力を秘めていると思います。
ーーー その観点とは、具体的にどのような要素でしょうか。
「アーカイブ」機能です。どんな人気コンテンツにも火が着く瞬間がある気がしていて、たとえば『ONE PIECE』も最初から面白かったですが、火がついたタイミングでさらに人気に拍車がかかりました。大事なのは、世間が「面白い!」と話題にし始めたタイミングで、過去の話を最初から楽しめる状態にあること。漫画であれば、1巻から遡って読むことができますよね。
その点、Podcastも番組を知った時点で、#1から遡って聴くことができる。番組が面白くて話題を集めるのか、ホストの別の活動が番組自体に火をつけるのかは分かりませんが、火がついた瞬間に過去回に遡ることができるという点が、スター誕生の鍵を握っていると思います。

ーーー 2025年は日本のラジオ放送が始まって100周年です。最後に、これから先もラジオが残り続けるメディアであるために必要なことについて、冨山さんの考えを教えてください。
ラジオの役割は2パターンあると思います。1つは先ほどお話ししたような「コンテンツ」としての役割。もう1つは、「生活必需品」という役割です。
PodcastやYouTubeと違って、国から放送免許をもらい放送してるので、いかにして人々の生活に寄り添えるかが重要です。災害時の情報発信もその一例で、避難所ではテレビが見られなくても、ラジオなら乾電池1本で長時間聴くことができます。有事の際に寄り添えるメディアであること、そのために日々の放送から聴いて頂き、その役割を大切にし続けることがラジオがこれからも愛されるために必要なのかなと思います。
僕の少し下の世代は「ニコニコ動画」をデスクトップPCで見ることが主流の世代なので、ラジオ体験がごっそり抜けてしまってるんです。けれどもいまは、Podcastの番組名やYouTubeの配信にも見られるように、音声コンテンツや生配信を「ラジオ」と呼ぶ人も増えています。
著名人の音声配信も「ラジオ体験」の一種だとすれば、いまほどにラジオ的なコンテンツが世の中に溢れている時代はないかもしれません。入り口がインターネットやSNSであっても、ラジオ業界がこれからさらに盛り上がっていくことを期待しています!
<今回のインターネットポイント>
2010年にサービスを開始した「radiko」は、インターネットを活用することで、ラジオの聴取環境を大きく変えました。それまで、ラジオは電波の届く範囲でしか聴けませんでしたが、radikoによってスマートフォンやPCを通じて全国どこでも聴取できるようになりました。また、「タイムフリー」機能の登場により、リアルタイムに限らず、過去の放送を後から楽しむことも可能になりました。
さらに、SNSやニュースサイトと連携することで、ラジオの内容がネット上で広まり、新たなリスナーを生み出すきっかけにもなっています。現在では、ネット発の話題がラジオ番組に取り上げられたり、ラジオのコンテンツがネットで拡散されたりと、両者の関係はより密接になっています。
インターネットの発展によって、ラジオは「電波で聴くもの」から「いつでもどこでも楽しめるもの」へと進化し、新たなリスナー層を獲得し続けているのです。
冨山雄一(とみやま・ゆういち)
1982年生まれ、東京都出身。ニッポン放送・オールナイトニッポン統括プロデューサー。法政大学卒業後、2004年NHKに入局、2007年ニッポン放送へ。「オールナイトニッポン」では岡野昭仁、小栗旬、AKB48、山下健二郎などでディレクターを担当。イベント部門を経て、2018年4月から 「オールナイトニッポン」のプロデューサーを務めている。現在は、コンテンツプロデュースルームのルーム長としてニッポン放送の番組制作を統括している。
取材・文:吉岡葵
編集:大沼芙実子
写真:服部芽生